HOME > 合格者の流儀 早稲田 > 流儀 其の十三 4月

早稲田大学 文学部合格 男子
流儀 其の十三 4月編

土屋先生の日本史講座を選んだ理由

浪人するなら代ゼミ…しかも本部校。
浪人することが決まった瞬間、私の頭に浮かんだのは天空に向かいそびえ立つ代ゼミタワーだった。そしてその数日後、「受験勉強」ということが何かさえわからなかった、かっぺ少年A(私)は電車とバスを乗り継ぎ、代ゼミタワーの前に立っていた。
 
では何故、代ゼミタワーが頭に浮かんだのか…それは、現役の時受けた模試で代ゼミタワーを訪ねたときにさかのぼる。そして、その設備、きれいさに圧倒されたからだった。
何だ、そんな理由か…と思われる方もいるかもしれないが、1年間、毎日過ごす(私は本当に毎日行っていた)学び舎の設備が充実しているということはとても重要な要素であると思う。事実、いつもきれいに保たれた黒板。ぴかぴかのトイレ。机や椅子がガタガタするなんてことはもちろんない。そういった環境では本当に勉強だけに集中することができる。それと、先日の大地震のときに私は代ゼミタワーいたけれど、免震・耐震の設備は本当に心強かったことを覚えている。勉強に精一杯打ち込むことができる最高の環境と言えるでしょう。

私が土屋先生の講座をとるまで…
私が住んでるかっぺタウンには予備校というものがなく、もちろん土屋先生のことなど知る由もなく、最初の授業は授業時間の関係で他の先生の授業を受けた。少年Aは予備校の先生ならば、授業の進め方は違っても本質は同じだろう…と愚かにも決め付けていたのだ。(土屋先生ごめんなさい…)しかし、私にはその先生があわなかったので1コマ目が終わると帰った。翌日、エレベーターの中で「土屋先生の授業は満員だった」ということを盗み聞きしたミーハーな私は2週目の授業に参加。それが土屋先生との出会いだった。超越したスピードで繰り広げられる、過去問に裏づけされた、受験本番で「出る」日本史。先生の余談は辛い受験生であることをしばし忘れさせてくれた。
これだ!これこそ、私が求めていた予備校の授業だ!そう直感した瞬間だった。

土屋先生の授業を受けた最初の感想。最初のころのノートまとめ奮闘記。

まずは人の多さにびっくり…うわぁ。次に先生の話すスピードにびっくり…はえーよぉ。最後に、授業自体にびっくり…なんじゃこりゃ。今までの日本史の勉強に対するステレオタイプを粉々に打ち砕かれた私はしばらく圧倒されたことを覚えている。

翌週からは、ボイスレコーダー、テキストのコピー、色ペンの3種の神器をもって意気揚々と参加。テキストのコピーは1部。色ペンは赤・青・緑・黒のボールペンと赤と黄色のマーカー。そもそも清書をする時間的余裕はないよね…うん、ない!と自分で納得し清書はしないことで決定。そのかわり授業で聞き逃さないようにすればいい…というのはもちろん空想に過ぎず、聞き逃しては帰り道や自習室で授業を聞きなおして、下ネタに爆笑し、そのつど書き足した(効率わるいですね…はい)
ちなみに、下ネタのところだけ何度も聞いていたの私だけだろうか…(笑)

 5月病という難病を発祥し、ボーッとしていた私でも日本史の授業だけは(笑)毎週楽しみにしていた。しかし、授業が進むにつれ増えていくサクナビへ私はある種の不安を覚えた。なくしてしまう…いや、きっとなくす。なくしたら一大事だ。そう不安に駆られた私を救ってくれたのは斜め前に座っていた、現役生だった。彼は、サクナビをA4サイズのキャンパスのノートにぺたぺたと貼っていた。私は思った。これをパクればいい。
ここからは私のオリジナルだが、A4の大きさだとサクナビを貼っても余白ができる。
その余白にコピーの後ろに書き込んだことや小さい文字で読みにくい書き込みを清書することにした。こうすることでいちいち裏返すこともなくなり、効率もよくなったと思う。

試行錯誤を繰り返し、仏像や絵画をコピーして貼ったり、このノートだけで日本史に関してはすべてまとめてしまった。

4月までの日本史学習

今、思い返せば、現役の時は日本史は得意教科…いや、いいカモぐらいだと思っていたなぁ…。なぜって?面倒な公式いらないでしょ。答えの根拠が曖昧になることもない。わからない単語や語句が出てくることだってめったにない。そう、単純に暗記すればいい。

知っているか知らないか。ただそれだけ。それに加えて暗記は得意。だったら、日本史はほかの教科が仕上がってからやればいいじゃん。そう考えた、すでに浪人予備軍となっていた私は日本史にほとんど手をつけないまま、のんきに年越しそばを食った。

時すでに遅し!日本史をやろうと思った時には膨大な量に唖然。愕然。当然、受験失敗。

山川の教科書は受験日本史のバイブル。山川なくして受験日本史を語れない。受験日本史は山川だけを読み込んだ者こそが勝利をつかむ。その受験神話の亡霊にとりつかれた私は、山川の教科書をひたすら読んでいた。授業の合間。授業中。トイレの中。教科書かぼろ雑巾かわからないくらいに読み込んだ。過分、完璧主義な私は読んではまた最初に戻ってを繰り返し、何度、原始を読んだことだろう…。後は、教科書の欄外の小さな文字もなんとなく重要そうだなぁ~へへへ。という何ともアホな理由でマーカーをひいては自己満足の余韻に浸っていた。教科書をどれだけ読み込んだかが勝負!そう自分に言い聞かせていた。

4月までの日本史の成績はどうであったか

学校のテストではテスト前に少し勉強するだけで一桁の順位を保ってはいた。模擬試験では足をひっぱることはなかったけれど、かといって圧倒的なアドバンテージをくれるほどでもなかった。偏差値でいうと65あたりをさまよっていた気がする。

他の受験生の勉強法

代ゼミの自習室では、プリントやまとめノート、きれいに…これでもかっていうくらいに綺麗に清書している姿が印象的。清書だけで1日費やしていたような…。

他の予備校では、プリントなどを中心に1問1答を持っている人が多かった。

土屋文明プロフィール

土屋文明の日本史授業風景

日本史の授業をもっと観る

土屋文明の日本史授業風景

講演・執筆などのご依頼はこちら

過去問ライブラリー

オリジナル単科ゼミ 「日本史の戦場」 講義後のコメント

「土屋文明の日本史の戦果」講義後のコメントを動画でお届けいたします!