青山学院大学 法学部 現役合格 女子
流儀 其の五 5,6月編
サクナビの効率性と受験勉強への影響
私は、天皇名とその天皇の時期に起こった出来事やその時の有力人物が行ったことを関連づけて覚えるのが苦手であったため日本史に苦手意識を持っていました。そうした私の苦手意識を大きく変えたのがサクナビと土屋先生がYouTubeから無料で提供しいる音声教材でした。
土屋先生のサクナビは、受験生が頭の中で混乱してしまう時代や人物名、出来事が分かりやすく、覚えやすく書かれており、しかも大学入試問題に出題されてもすぐに思い出せるように工夫されています。私はサクナビ全体を頭に入れる勢いで土屋先生の音声教材などを使用して覚えていきました。
律令国家の移行~平安時代は天皇がたくさん出てきますし、それも似たような名前の天皇もいます。この時代が私にとって日本史の最初の鬼門でした。ここを得意な時代に変え、得点源としたのがまさにこのサクナビでした。私が今までにかけた時間の半分以下で覚えられてしかも得点も上がっていたので、この調子で頑張っていこうと思いました。
サクナビ学習の効率性以外に感じたこと
最初はサクナビの使い方が分からず、ただ上から下へと覚えていく作業が続きましたが何度も音声教材を聞きながら見て、書いて覚えていくうちに、どこに何が書かれているかが分かっていくようになり、テストで出題される出来事を年代順に並べ替える問題が特に得意になりました。
この頃は、サクナビに書かれている位置関係を完璧に覚えていくことでテストの点数が向上していくのを実感しました。サクナビ全体を頭に入れることで筆記テストにおいても漢字が分からなくなった場合に、書いてあった場所を思い出そうとすると思い出せたことが多々あり、本番の入試においても助かることが多く、本当にサクナビでの学習は良かったです。
受験勉強でスランプがあったか。そのスランプをどう乗り越えていったか
私はGWに滋賀県へ旅行に行き戦国時代に古戦場となった有名な場所へ見学しに行ったり、資料を読んで学習したりしました。これを通じてさらに日本史が好きになっていったと思います。私にとってはこのGWはいい息抜きにもなったので良かったです。確かに、旅行を終えてまた受験勉強に戻るとなると多少の気だるさはありましたが、一か月後に学校の中間テストと模試が控えていたので切り替えてそれを目指してまた勉強に取りかかりました。
日本史の成績はどう推移したか
この頃の日本史の成績は右肩上がりで、着々と点数が伸びていくのを自分でも実感しました。土屋先生のもとで日本史を勉強し始めてまだ2ヶ月程度でしたが、こんなにもすぐに成績が上がっていくのかと、とても驚きました。
受験と親
私は土屋先生の授業が終わって自宅に帰宅するとすぐに、今日はこういう授業を受けてこういった新しいことを教えてもらったのだと、毎週両親に熱心に話していました。(笑)
私は習ったことが上手く両親に伝わるように土屋先生が話していたことを思い出しながらあらゆることを時代、内容問わず話していました。誰かに話すことによって、インプットしたことを自分の中で相手に伝わりやすくアウトプットするには話す事柄を詳しく理解する必要があります。このことは知識の定着にとても役立つと思いますし、私にとっては土屋先生の授業がとても自分に合っていて納得のいく形で学習できていると両親にも報告出来ていたので良かったです。
他の受験生の勉強法
私の周りにいた友達は他の科目の勉強をするのに時間を取られていて、本格的に日本史を勉強している人は少なかったと思います。日本史は夏休み入ってから本格的にやると言っていた友達もいましたが、これは本当にやめたほうがいいと思います。絶対に間に合いません。さらに、夏休み明けの模試で日本史の点数が全然取れていないとすごく不安になると思います。確かに、あらゆる大学の入試において日本史の配点は他の英語や国語の配点に比べて低いですが、これを甘く見てはいけません。英語や国語では点数に差が出ず、日本史が合否を分けるという場合もあるからです。事実、日本史を夏休み入ってから本格的に始めると言っていた友達で自分の納得のいく結果で終わったという人は少なかったです。
また、一問一答をメインに勉強していた人もいました。私も友達が持っていたので中を見させてもらいました。正直言って確実に知識が定着する前にこれを勉強するのは、難しく感じるのと同時に時間の無駄になってしまうと思います。まずは、授業でやったことを何度も復習することをおすすめします。一問一答はあくまで自分がどれくらい覚えているかを確かめるものだと思うのでこれをメインに勉強することはあまりおすすめしません。
マイブーム
私は予備校への行き帰りは毎日音楽を聴いていました。私にとってはこの時間がすごく至福の時間でした。また勉強していて疲れた時もこの時間を有意義に過ごせるように引き続き頑張っていました。